『薩摩藩の税所広郷の事業再生』江戸時代から経営改善のヒント②
組織にだけ都合のいい税所広郷の経営改善
薩摩藩の城下士の最下級の身分だった税所広郷は、茶坊主から上級職に取り立てられて藩政に関わるようになります。
広郷は茶坊主時代に分からないことが無いように大工や商人、農民などから話を聞き勉強に努めており、これが出世につながったと思われます。
また、この時の知識が藩政改革に活かされた面もあるようです。
広郷が仕えた薩摩藩は、現在の鹿児島県と宮崎県の一部、そして間接的に沖縄県までを支配していました。
表高は薩摩国を中心に77万石です。これは、徳川宗家を除くと、加賀100万石の前田家に次ぐ大藩です。
しかし、第八代藩主島津重豪のころには、開明家ゆえの浪費癖も影響し、500万両もの借金を作り、藩士の俸給も満足に払えない状況となります。
そして、この危機を脱するために、藩主から脅される形で広郷が責任者に抜擢されます。
破産寸前の薩摩藩の財政状況
薩摩藩は表高77万石とされていましたが、実際は稲作に不向きな土地であったため、実高は半分の35万石ほどだったと言われています。
そのため年貢率は他藩よりも高く約2/3も徴収していたと言われており、本国だけだと収入は350,000×0.67=234,500石となります。
藩士など支払う俸禄を引くと、藩や藩主が使える分は約半分ほどで116,000石ほどだったようです。
一方で借財は500万両あったと言われており。
そして、当時は1石=1両だったと言われていますので、利息を考えずに元本を返済して、下記の計算のように約43年も掛かるという状態でした。
5,000,000両÷116,000石≒約43年
広郷は天文学的とも言える借金を抱えたまま財政改革に取り組んでいきます。
大藩だからできる強引な5つの施策
広郷の主な施策を箇条書きにすると下記の6点になります。
- 金融調整
- 既存事業改善
- 設備投資
- 流通改革
- 人事制度改革
- 新規事業開発
1.金融調整
薩摩藩の借財は前述通り500万両と言われています。それに利息が年7分とした場合、利息だけで年間で35万両、一説には80万両を支払う必要がありました。
そのため広郷は、現代の事業再生の私的再生による債務の棚上げのような処置を取ります。
強引に利息の支払いを停止し、元金500万両を250年の分割払いにします。
さらに藩内での借金は元本の支払いも停止し、ほぼ借金ゼロの状態にします。
2.既存事業改善
薩摩藩は特産品でもある砂糖の増産と専売制の強化を図り、収入増を計画します。
支配下にあった奄美大島など3島での収奪を強化し、砂糖の私的な販売を禁じるために島内での金銭の使用を停止させています。
品質の向上などもあり、一時的には利益を生みましたが、讃岐の和三盆のような他藩の砂糖の参入により、価格は暴落してしまいます。
その他、米や櫨蝋、菜種、ウコン、寒天などの品質向上や増産にも着手していきます。
特に品質管理を徹底するようになったことで取引価格が上昇しました。ウコン以外は概ね収入増に貢献しました。
3.設備投資
江戸、京都、大坂、長崎に設置されている藩の施設の改修や新設を行っています。
また、領内の道路や灌漑施設などのインフラの整備や改修にも着手し、そして新田開発のために土木工事も活発に行っています。
甲突川五石橋など必要な設備には、相当な額を費やしています。
4.流通改革
生産物の輸送を他者から借りた船で行っていたため、足元を見られて不利な条件で利用する事が多かった。
この問題を解決するために、薩摩藩で自前の船を建造します。その結果、課題であった輸送力の強化が達成されました。
また琉球貿易によって手に入れた中国製品を長崎で販売し、一方で他藩の物産を琉球国を通じて中国に販売するという流通経路を開拓しています。
この長崎商法とよばれる手法は問題が多く幕府によって停止させられて、改革に大きな影響を与えています。
特産品の砂糖などは大阪の問屋など通さずに市場に売り出すことで利益を拡大させています。
5.人事制度改革
広郷は身分に囚われず身分の低い郷士や町人など能力重視で採用し、適材適所で配置していきます。
各部署に責任者を置いて、それぞれの部署ごとに独立採算制としました。
また賄賂や中抜きなどの不正防止のために監視体制の強化を図っています。
6.新規事業開発
後期の改革の時に、富山の薬売りたちと連携し、琉球から仕入れた素材を使って薩摩国内で製薬事業を開始します。
製薬館と呼ばれる施設も建て、領内での薬草の栽培も行うなど本格的に稼働させていきます。
しかし、これは失敗に終わります。
大企業の民事再生のような藩政改革
広郷は藩の利益を優先した形での藩政改革を行っています。
現代の民事再生のように借金を250年に分割払いにするなど、債権者に大きな負担をかけています。
また、薩摩藩の商品となる産物なども、仕入先となる農民たちに負担をかけて、藩だけが儲かるような施策をとっています。
ただし、最終的には200万両におよぶ蓄財に成功しています。
広郷の藩政改革は、まるで現代の大企業の民事再生を思い起こさせる財政改善に見えます。
これは広郷が最下級とはいえ武士身分だったことも大きいと思います。
視点が商人や農民たちではなく、基本的には藩主および藩に向けられていました。
周囲への負担の大きさもあり、評価は難しいですが、この時の改革が幕末の薩摩藩の強さへと繋がっています。
自分の組織だけで、周囲のステークホルダーにまで及んでいない点は残念です。
モリアド代表 中小企業診断士
前職にて企業の海外WEBマーケティングの支援に従事。独立後に中小企業診断士の資格を取得し、主に企業の経営サポートやWEBマーケティングの支援等を行っている。
2019年から、現代のビジネスフレームワークを使って戦国武将を分析する『戦国SWOT®』をスタート。
2022年より、歴史人WEBにて『武将に学ぶ「しくじり」と「教訓」』を連載。
2024年より、マーケトランクにて『歴史の偉人に学ぶマーケティング』を連載。
著書に『SWOT分析による戦国武将の成功と失敗』(ビジネス教育出版社)。